プロジェクト

【地理的シミュレーション教材の防災への応用に関する基礎研究(水野 勲・長谷川直子・小田隆史)】

研究目的

地理教育の分野で、環境、防災、開発などの個別メカニズムを学生に実践的に知ってもらうために、 さまざまなシミュレーション教材が開発されてきました。
本研究では、以下の2点を地理学の分野から強調して、防災に応用した新たな地理シミュレーション 教材を開発するための基礎研究を行うことを目的としています。

第1に、災害という現象は一般理論や、単一分野で包括することはできず、つねに自然の地理的条件と、 地域の居住・産業の条件の結合として発生します。 全国画一的で、物理化学的な対策が中心となった既存の防災訓練が、実際の災害であまり役立たないのはそのためでです。
この分野は横断性、地域的差異を考慮に入れたシミュレーションゲームの開発を必要としています。

第2に、防災を行うのは地域のさまざまな人々であり、 シミュレーションの中でもそうした主体の複合性が組み込まれていなければいけません。 とくにマイノリティ(女性、高齢者、子ども、低所得者、外国人、障害や持病をもった人など)を シミュレーションゲームの重要なプレイヤーとして構築する必要があります。

以上の2点の関心から、既存の地理的シミュレーション教材を実際に実施して、 防災シミュレーションゲームの開発に結びつく基礎研究をしています。 本研究グループは、以下のような研究計画をもって共同した調査・討議・実験を推進し、 年度末にそれらをまとめて地理シミュレーション教材のレビューと防災シミュレーションゲームへの応用可能性を考察しました。


研究成果

  1. 具体的内容
  2. まず、既存の地理シミュレーション教材を国内外から網羅的に収集し、レビューを行いました。 このテーマのレビュー論文として、国内では山口幸男らによる一連の研究、 また海外ではRex Walfordによる1970年代以降の地理教育の教科書が、先駆的なものとしてあります。
    それらを参考に、以下のように地理的シミュレーション教材を分類しました。

    1. ① 対象による分類(農業、産業立地、都市発達、鉄道建設、遠洋漁業など)
    2. ② 手法による分類(紙や模型を使った頭上ゲーム、かるた、コンピュータゲーム、統計資料やGISを使ったもの)
    3. ③ 参加人数による分類(1人、2人、20人以上の多数)
    4. ④ 有料と無料(コンピュータゲームの場合)

    防災の地理的シミュレーション教材はあまり多くありませんが、村山良之による震災避難シミュレーションの研究があります。


    次に、災害シミュレーションゲームに最も参考となる既存の教材をいくつか選び出し、学生被験者の協力によって、 実際にシミュレーションゲームを行ってもらい、ゲームの構造を実践的に確認しました。 実施を検討したシミュレーションゲームは、「インドの農業」「緑の革命」「リーズ大SIM CITY」です。

    「緑の革命」は20数名で6時間以上のロールプレイを含む大規模なものであったこと、 「リーズ大SIM CITY」は購入、納品までの時間が間に合わなかったこと、こうした理由により、 すでに実践例も報告されている「インドの農業」を実際に試行してみました。

    このゲームは中学・高校の地理教育に役立てることを想定したもので、ワークシート、20面体サイコロ、 インドの農業を想定したデータ、条件設定の表を準備して、20年分の仮想実験となっています。 6名の学生被験者はいずれもインドや途上国への渡航経験がほとんどなく、地理教育、書籍、マスコミ等で インドの農業を知るのみでした。

    その結果、天候に左右されやすいインドの農業、作物の選択の重要性、子どもを次々と産むことへの圧力などが、 シミュレーションゲームを通じて体感されました。 しかしながら、偶然に左右される度合いが高いこと、ひとつの家族内で完結していて、 コミュニティや地方の社会関係が組み込まれていないこと、子どもが年々成長することのプラスが含まれていないことなど、 ゲーム全体でマイナス要因ばかりが単純に作用していることの問題が指摘されました。

    今後は、「インドの農業」の実践例を報告書等にまとめると同時に、昨年度中に間に合わなかった「緑の革命」や 「リーズ大SIM CITY」の実践も行い、防災に応用できる地理的シミュレーション・ゲームの作成につなげていきます。

    シミュレーションゲーム「インドの農業」感想

  3. 意義
  4. 山口幸男らの地理的シミュレーション教材研究が、1980、90年代を中心に深められましたが、 その後、実証主義地理学批判の影響を受けて、地理教育におけるシミュレーションの意義そのも のが忘れられつつあります。 シミュレーションの概念を、単にコンピュータ・シミュレーションのように数値実験と捉えるのではなく、 ロールプレイや仮想実験などにも広げて理解することで、「社会的関連」を主張する近年の地理学界の動向にも沿った、 新たな地理的シミュレーション教材の開発につなげられます。

    本研究により、最近の地理的シミュレーション教材の研究の動向をフォローできたと同時に、 大学の地理教育においても、野外調査、基礎演習、観測、測量、GISに追加して、 このシミュレーションの手法を取り入れることで、効果的な地理教育を行う可能性が見えてきます。



  5. 重要性
  6. 地理学はもともと野外を中心とした実践的なスキルを養い、 現実の地域で作用する複雑な現象相互の関係を調べられるように教育を行ってきました。 複雑な現象相互の関係というとき、理系と文系の知識を当該の場所に特有の仕方で結びつけるだけでなく、 地域とそれを取り巻く地域(さまざまな地理的スケールにおいて)との関係を考慮するところに、 複雑さの原因があります。

    シミュレーションは、こうした複雑な相互関係を実践的に理解する上で重要な方法であり、 動態的な理解にもつながります。 地理的シミュレーション教材の設定、ゲームのルールを再検討するところまで考察を進められれば、 現実の地理的現象を理論的に理解することにもなるでしょう。

    本研究は、基礎研究ではありましたが、防災という複雑な現象を理解するシミュレーション教材の構築をする上で必要な事項を、 あげることができました。

    今後は、マイノリティを考慮したシミュレーションをいかに考えるかであり、地理的シミュレーション教材の 研究レビューを生かして新たな教材開発につなげていきます。



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