プロジェクト

【タンパク質と低分子の相互作用様式の解明ーステロイド類縁体を中心としてー(由良 敬・棚谷 綾)】

本申請研究では、生体を構成するタンパク質と低分子が相互作用する様子を、シミュレーションによって明らかにすることを目的としました。 そのひとつの例として、創薬などに重要なステロイド分子(低分子)が、タンパク質(特に核内受容体)とどのように相互作用するかに着目することとしました。 現在までにさまざまな低分子が医薬品として用いられていますが、それらの中には医療品としての役目を果たせなくなっているものもあります。 これは、低分子がタンパク質と相互作用できなくなっているために発生しています。 そこで、低分子とタンパク質との相互作用情報(三次元情報)を収集し、ステロイドのターゲットタンパク質である核内受容体を含むさまざまなタンパク質に対して、 相互作用することができる新規低分子の設計を可能とする基礎データの収集を行うこととしました。 さらに、どのような三次元構造で相互作用するのかを明らかにするために、低分子のシミュレーションも実行しました。 これらのデータを用いることで、新規低分子の構築の基礎データを整えることができると考えました。 また、例えばステロイド分子による副作用を回避する、新しい創薬への道をも切り開くことができると考えました。 以上の目的をもって平成24年度に研究を行い、次の成果を得ました。なお多くの成果は学術論文(査読付き)、または学術学会において発表しました(研究成果発表業績欄参照)。



1) ステロイドとタンパク質の相互作用様式(業績6)

タンパク質立体構造データベースから、タンパク質(核内受容体を含む)とステロイドの複合体構造を抽出したところ、871個のエントリーを見いだすことができました。 これらのエントリーにおいて、ステロイドとタンパク質との相互作用様式を解析する手法を構築しました。 ステロイド骨格の幾何学中心付近に存在する原子を原点とする座標系を一意に定義し、それぞれのエントリーにおいて、ステロイドに接触する原子の座標を計算しました。 これらの座標は、異なるエントリーにおいても比較することができるので、871個のエントリーで座標値を主成分解析を用いて比較分類しました。 その結果、タンパク質はステロイド骨格とまんべんなく相互作用しているわけではなく、相互作用様式が10種類程度のパターンに限られていることがわかりました(下図参照)。 このパターンの詳細の解析は平成25年度に行いますが、このパターンの発見は、ステロイドとタンパク質の相互作用を設計する上で重要な情報になると考えられます。




2) 糖分解酵素グリコシダーゼ等と新規薬剤候補分子の相互作用シミュレーション(業績1, 2, 3, 5)

リソゾーム病は、糖分解酵素グリコシダーゼの遺伝子に発生する変異が原因となる、非常にまれな疾病です。 この疾病の分子構造的原因は、細胞質内でグリコシダーゼが不安定になり分解されることで、グリコシダーゼが本来はたらくべきリソゾームに輸送されなくなることにあるとされています。 よって、細胞質でのグリコシダーゼの安定性をあげることができれば、グリコシダーゼがリソゾームへ輸送されるまでの間に分解されることが回避でき、病気の発症をくいとめることができると考えられます。 そこで研究申請者は鳥取大学医学部との共同研究の枠組みのもとで、鳥取大学医学部で設計された新規低分子がグリコシダーゼとどのように相互作用するかを、コンピュータシミュレーションにより明らかにしました。 グリコシダーゼはその活性部位に糖分子を結合します。新規に開発した低分子も糖構造を一部にもっていたことより、この低分子は活性部位に結合することが推定できました。 グリコシダーゼと糖の相互作用を、タンパク質の立体構造データベースより取得し、その相互作用の特徴を抽出し、その特徴を満たすように新規低分子をグリコシダーゼにドッキングすることができました。 また、この低分子が薬効をもつ可能性が、鳥取大学医学部における実験で明らかになりました。




3) 環構造低分子ATPの構造サンプリングシミュレーションとタンパク質との相互作用(業績4, 8)

タンパク質立体構造データベースに格納されているタンパク質と低分子との相互作用構造を分類したところ、非常に多くの低分子が環状構造をもっていることが明らかになりました。 それらの中には、ステロイド骨格、糖骨格、イソアロキサジン環骨格などが含まれていました。 特に糖骨格をもつATP分子が非常に多く存在することが明らかになりました。 そこで、ATP分子がタンパク質とどのように相互作用するのかを、ATP分子のシミュレーションを行うことで解析しました。 ATP分子の水中シミュレーション結果から、ATP分子瞬間構造を大量に抽出し、それらのγ角(リボースとリン酸基との結合角)とχ角(グリコシル結合)を用いて、 ATP分子が水中でどのような構造をとっているのかを記述しました。すると、以下の左図のようになりました。 左図の左上中央付近の構造が頻出することが明らかになりました。 それに対してタンパク質と相互作用しているATP分子の同角度を、188例で調べたところ、以下の右図のような分布が得られました。 タンパク質と相互作用すると、右下中央付近の構造が頻出することが明らかになりました。 このことより、タンパク質に低分子が相互作用する場合は、低分子が水中でとりやすい構造をそのまま維持してタンパク質と結合するわけではなく、タンパク質が低分子にはたらきかけて、 水中ではあまりとらない構造に変形してから結合させる場合があることがわかりました。この知見は、薬物候補となる低分子の構造設計において、重要な知見になると考えられました。




論文(査読あり)

  • Aguilar-Moncayo, M., Takai, T., Higaki, K., Mena-Barragan T., Hirano, Y., Yura, K., Li, L., Yu, Y., Ninomiya, H., Garcia-Moreno, M.I., Ishii, S., Sakakibara, Y., Ohno, K., Nanba, E., Oritz Mellet, C., Garcai Fernandez, J.M., Suzuki, Y. (2012) Tuning glycosidase inhibition through aglycone interactions: pharmacological chaperones for Fabry disease and GM1 gangliosidosis. Chem. Commun., 48, 6514-6516.
  • Okamoto, I., Takahashi, Y., Masu, H., Sawamura, M., Nishino, M., Kohama, Y., Morita, N., Katagiri, K., Tamura, O., Azumaya, I., Kagechika, H., Matsumura, M., Tanatani, A. (2012) Redox-Responsive Conformational Alteration of Aromatic Amides Bearing N-Quinonyl System. Tetrahedron, 68, 5346-5355.
  • Matsumura, M., Tanatani, A., Azumaya, I., Masu, H., Hashizume, D., Kagechika, H., Muranaka, A., Uchiyama, M. (2013) Unusual Conformational Preference of an Aromatic Secondary Urea: Solvent-dependent Open-Closed Conformational Switching of N,N’-Bis (porphyrinyl)urea. Chem. Comm., 49(23), 2290-2292.
  • Kobayashi, E., Yura, K., Nagai, Y. (2013) Distinct Conformation of ATP Molecule in Solution and on Protein. BIOPHYSICS, 9, 1-12.
  • Takai, T., Higaki, K., Aguilar-Moncayo, M., Mena-Barragan, T., Hirano, Y., Yura, K., Yu, L., Ninomiya, Garcia-Moreno, H.M.I., Sakakibara, Y., Ohno, K., Nanba, E., Mellet, C.O., Fernandez, J.M.G., Suzuki, Y. (2013) A bicyclic 1-deoxygalactonojirimycin derivative as a novel pharmacological chaperone for GM1 gangliosidosis. Molecular Therapy, 21(3), 526-532.

学会発表

  • Yasuha Tanaka, Takako Takai-Igarashi, Hiroshi Tanaka, Kei Yura (2012) Classification of Steroid-Binding Proteins Based on Residue Propensity in Molecular Interactions. 生命医薬情報学連合大会, タワーホール船堀, 10月14-17日.
  • 木下満里絵, 酒井 悠, 森 修一, 平野智也, 棚谷 綾 (2012) 新規 6-アリールクマリン誘導体のプロゲステロンアンタゴニスト活性と蛍光特性, 第30回メディシナルケミストリーシンポジウム, タワーホール船堀, 11月28-30日.
  • 鈴木布美子, Gopi Kuppuraj, 由良 敬, 池内昌彦 (2013) イソアロキサジン環を結合するタンパク質の局所構造分類, 第7回日本ゲノム微生物学会年会, 長浜バイオ大学, 3月8-10日.

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