プロジェクト
【大学キャンパスにおける将来の大規模震災時を想定した防災シミュレーション教材の開発
(水野 勲・長谷川直子・小田隆史・桑名杏奈)】
本研究は、防災シミュレーション教材のフレームワークを構築することを目指すものです。 震災時には、しばしば複合的な災害が発生し、しかも日常とは異なる判断・行動がさらなる問題を発生させてしまいます。 こうした震災時の避難や避難生活における諸現象のつながりを理解するためのシミュレーション教材(ゲーム)が開発できれば、通常の避難訓練の単純さ、 画一性をのりこえられるだけでなく、日ごろから行っておく「思考実験」として、全国の大学、小中高での学校での実践を促す教材となるものと考えます。 さらに、さまざまな状況に対応できる事前準備となりえます。
平成24年度は、震災時に役立つシミュレーション教材(ロールプレイングゲーム)のフレームワークを構築することを目標に、以下の取組を行いました。
1:被災地支援・学校防災研究会の開催
2012年12月7日、澤井史郎氏(福島県いわき市立湯本第二中学校校長)をお招きし、避難所経営について貴重な体験談をご講演頂きました。
また、防災教育・地理学がご専門の山形大学・村山良之教授から、既存の地理教育教材の概説と、教材を作成するにあたって重要な要素について網羅的な示唆を頂きました。
[研究会URL] http://www.cf.ocha.ac.jp/simulation/event/seminar20121207.pdf
2:生活科学部の研究グループとの情報交換
建築学の専門家を中心とした学内の研究グループ(東日本大震災に関連した緊急を要する調査・研究課題を支援する共同研究用経費「震災時避難場所としてのお茶の水女子大学の対応シミュレーション」代表者:松田雄二准教授) と情報交換を行っています。既に建物ごとのIS値(建物の強度)のデータを提供して頂き、本学の建物の安全性について教材に盛り込むべき要素に対して助言を頂いています。
3:本学事務職員へのヒアリング
3.11震災当時にお茶大において避難所運営の中心的立場にあった事務職員(羽根ひろの氏(震災時、総務チームTL)、平松周二氏(震災時、環境安全チームTLならびに災害対策本部員))に、当時の様子や大学の対応などをヒアリングしました。 詳細なインタビュー形式ではなく、大まかな質問に対して自由に語って頂く形式により、大学の震災時対応について貴重な体験談をお話し頂きました。
4:既存の地理教育教材の調査・実行
本学グローバル協力センター主催の大学間連携イベント「アフリカルチャーゲーム:アフリカの開発と農村の貧困を考える」に参加しました)。 アフリカルチャーゲームはサブサハラ・アフリカの農村を舞台とするシミュレーションゲームで、地理教育教材としては非常に大掛かりなものです。 ゲームの構造、モデル化すべき要素など、教材を作成するうえで非常に参考になりました。 [イベントURL] http://www.ocha.ac.jp/intl/cwed/events/20121027.html
5:既存の防災教育教材の調査・実行
代表的なものとして、災害図上訓練DIG、避難所HUG、災害対応クロスロード、内閣府防災シミュレータなどがあります。 また、子供でも無理なく防災への意識・知識を高めることのできる教材として、幼児向け防災教育用カードゲーム「ぼうさいダック」、防災すごろくゲーム「グラグラタウン」、 防災カードゲーム「SAVE YOURSELF CARD GAME “SHUFFLE”」などがあります。 教材の目的、教材の形態、対象とする年齢層・職業・立場は教材ごとにそれぞれ異なります。 これまで調べた限りでも多種多様な教材があることが分かりました。DIG以外の教材は実際に行ったり、関連する文献の調査を行いました。今後教材を作成していくうえで非常に参考になりました。
6:企業との共同研究の可能性の検討
シミュレーション科学教育研究センター長 伊藤貴之教授のご厚意により、日本電気株式会社の研究グループと共同研究の可能性を模索しています。 機械学習・データマイニングなどを専門とし、特に大量データからの外れ値・異常値検出、変化点検出、トレンド分析、異常行動検出などに多大なる実績をもつグループです。
以上を踏まえて、教材の形態として、コンピュータ上で動く疑似マルチエージェントモデルを考案しました。以下は試作品の画面キャプチャです。
ごく単純化した大学キャンパスを舞台に、21人など限られた登場人物を設定します。 登場人物は、職員・教員・学生などの役職、負傷・憔悴などの健康状態、治療・電気系統の修理、消火器利用などの特殊能力、携帯電話・防災無線・ラジオなどの情報収集手段などをパラメータとして持つものとします。 パラメータには人固有のもの(役職や特殊能力など)、時間や条件によって変わるもの(健康状態など)、そのときたまたま手にしているもの(情報収集手段など)、外的条件(火事や停電、断水など)に分類でき、 いずれは現実世界を可能な限り表現したいと考えています。
プレイヤーは、21人のうちの誰かを選び、目の前で起こる問題を解決したり、役職持ちの人物であれば非常時に自分に割り当てられている役割(教室の見回りや一時避難所からの誘導役など)を遂行したりします。 他の20人については、ゆくゆくは、オンラインで他のプレイヤーが担当できればよいと考えていますが、まずは、あらかじめ定めた条件に従って自動的に移動・行動させます。
流れとしては、ある時間に地震が発生し、場所に応じた何らかの事件(イベント)が起こります(高層階での本棚倒壊のち怪我人発生、理学部棟での火災など)。 その後たとえば1分刻みで時間が進行します。事件は初期点数(100点など)を持ちます。 たとえば火災であれば、消火器を使える人は1分に10点減らすことができ、使えない人は点数を減らすことができない、パニックを起こしている人は点数を増やしてしまう、 5分たっても解決できない場合は火災の規模が大きくなる(点数が増える)など、条件を決めておきます。点数を0点に減らすことができれば事件解決とします。
たとえば教室の見回りに行くという役割を持ったプレイヤーが、目の前で起こっている火災を放置して見回りに行くか、見回りに行くという役割を後回しにして目の前の火災に対処するか、 というシチュエーションは、ひとつの思考実験となりえます。 上の図では、どこに誰がいて何が起こっているのか場面全てがプレイヤーに見えています(神視点と呼んでいる)が、実際の教材の画面では自分の周りのことしか分からない(人視点と呼んでいる)ようにします。 人視点での一連のゲーム終了後に、神視点でゲームを振り返り、どこで何が起こっていたのか、自分の判断・行動が全体にどんな影響を与えたのか、あるいは与えなかったのか、学べるようにしたいと考えています。
※本報告内の数値や図は説明を容易にするための例示であり、実際の現象や予定しているシステム上の数値とは異なることをご了承願います。
論文
- 水野 勲, 長谷川直子, 小田隆史, 桑名杏奈, 2013「震災に対応した地理的シミュレーション・ゲームの開発に向けて」, お茶の水地理52号, pp.11-20.
その他の雑誌掲載文
- 桑名杏奈, 長谷川直子, 小田隆史, 水野 勲, 2013「学内共同研究プロジェクト『大学キャンパスにおける将来の大規模震災時を想定した防災シミュレーション教材の開発』2012年度年次報告」, お茶の水地理52号, pp.39-43.
研究発表
- 水野 勲, 長谷川直子, 小田隆史, 桑名杏奈, 2013「震災に対応した地理的シミュレーション・ゲームの開発に向けて」空間の理論研究会(首都大学東京秋葉原サテライト 2013年3月31日)
- 桑名杏奈, 長谷川直子, 小田隆史, 水野 勲, 2013「防災シミュレーション教材の開発に向けての取組み」情報知識学会第21回(2013年度)年次大会(2013年5月25日〜26日)