プロジェクト

【可積分量子多体系における
       非平衡緩和現象と量子系の時間発展シミュレーション(出口哲生・工藤和恵・佐藤 純)】

最近、孤立した多自由度の量子力学系がどのようにして平衡状態に緩和するか、という統計力学の最も根源的な問題の一つが大きく注目されています。
実際、冷却原子系など具体的な系において、孤立量子系の緩和過程が実験で測定可能となりました。
一方、研究代表者のグループによって、絶対零度で孤立した可解量子多体系(一次元ボース気体)において平衡状態に緩和するかのような振る舞いが観察されています。



従来の統計力学の常識では、散逸のない量子多体系の時間発展で平衡状態が実現することはあり得ない、と考えるのが普通でした。 しかし、十分に自由度の大きい孤立量子多体系の時間発展では、物理量の演算子の期待値は、あたかも平衡状態に到達したかのように振る舞い、 大自由度ではミクロ・カノニカル分布が実現すると言っても良いことが、最近数年間に明らかにされました(Reimann (2007, 2008)他)。 ところがこの事実が明らかになってみると、実は、フォン・ノイマンが1929年の論文でそのことを理論的に示していたことが、 かなり最近になってレボヴィッツ達の論文(2010)によってはじめて指摘されました。

本研究ではこの新しい観察を、可解模型における時間発展と、可解とは限らない一般の量子多体系である量子スピン系の時間発展の シミュレーションを比較して深めることが目的です。
可解量子系の時間発展は数値的には無限時間追跡可能で、これが本研究の一つの利点です。
一方、可積分量子系で観察される緩和現象が、どの程度一般的に成り立つものなのか、非可積分系のシミュレーションと比較する ことによって明らかにすることも本計画の当初の目的の一つです。

一次元ボース気体は、可積分系量子多体系として非常に重要な模型です。 この量子系の場の演算子の時間発展を記述するハイゼンベルグ方程式は、ソリトン方程式として有名な非線形シュレーヂィンガー方程式と同じ形で与えられます。
非線形シュレーヂィンガー方程式は孤立したソリトン解を持ちます。 一次元ボース気体は量子系であるが、何らかの古典系への極限において、ソリトン解に対応する量子状態が存在するかどうかは、古くから興味をもたれた問題です。

ここで注意すべきことは、もともとのハイゼンベルグ方程式の従属変数は量子系の演算子であり、あえて数値で表現すれば無限次元行列に相当することです。 すなわち、量子的な方程式と言えます。
一方、ソリトン解を持つ非線形シュレーヂィンガー方程式の従属変数は古典的なスカラー量であり、非線形シュレーヂィンガー方程式は古典的な方程式と言えます。 このため、そもそも古典系でソリトン解が導かれるような量子状態自体が存在するかどうかは全く自明でなく、知られていませんでした。



本研究では、一次元ボース気体のホール励起状態を重ね合わせると、古典系でソリトン解を与えるような量子状態が導かれることが見出されました。 (J. Sato et al, PRL(2012))
具体的には、粒子数N個に対するホール励起状態を全て重み1で足し合わせると、古典系でソリトン解を与えるような量子状態が導かれました。 以下ではこの状態を、量子ソリトン状態とよびます。 粒子数NとN+1の量子ソリトン状態に対して量子場の演算子の行列要素を計算すると、その振幅の空間的分布(振幅プロファイル)は 古典ソリトン(ダークソリトン)の振幅の空間的分布(振幅プロファイル)と重なり、その位相の空間的分布(位相プロファイル)は 同じダークソリトンの位相の空間的分布(位相プロファイル)と非常に良く一致しました。

ここで、一次元ボース気体における励起状態は、ホール励起と粒子励起の組み合わせで全て表されることが知られています。 ホール励起はゼロでない運動量を持つ固有状態の中で最もエネルギーが低い状態を与えます。(角運動量の固有状態、Yrast 状態ともよばれます。)

さらに、量子ソリトン状態の密度プロファイルが時間発展でどのように崩壊していくか、を詳細に追跡し、特に粒子数が30までの場合、 再帰現象が観察されることを見出しました。 量子系の時間発展を長時間追跡することは他の方法では事実上不可能であり、この研究成果は注目に値するものです。

一方、対応する非可積分系のシミュレーションに関しては、現在の段階は予備的な研究にとどまり、具体的な研究成果は出ていません。 実際、ライマンの研究(Reimann (2007, 2008))とも関係していますが、この視点において、非可積分系のシミュレーションとして 何が適当かを見極めることは容易ではありませんでした。 今後の研究課題として残されています。

また、今後の課題として、量子スピン系の可解模型であるハイゼンベルグ模型において、量子的なソリトン状態を導くことも残されています。

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